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安楽死

作成者:    Euphemia KOUROUSSIS

国:   ギリシャ

追加日付: 04.09.2012

評価 :

 僕は麻薬患者なんだ。今は注射はやっていないけど、まだやっぱり、麻薬患者だ。今は違うが元は何々だった、なんて、そんなことありえないよ。みんな、どこか内部で、脳みその中かな、昔の自分のまんま、地下室や隠れ家に住んで、四六時中、せめて一回分のヤクをくすねたいとキョロキョロしているんだ。

 一応、治療は終わった。この2年、経過はいいよ。ヤク浸りだった青春は、もうほとんどあとかたもない。マジで、17で睡眠薬遊びを始めた。あとはもっと効くやつになっていった。麻薬をやることが自分のすべてだった。でも今は大丈夫だ。母さんも幸せだと思うよ。父さんときたら、酒をピタリとやめたくらいだ。いや、ひらめいたのかな、多分、息子に悪い見本を見せないようにしたのだろう。もう23になったし、おかげで何もかもわかるようになったよ。

 生きていて大事なのは、生きてることそのもの、まさにその命があるってことだ。何度もくたばるところだったし、何度も死にたいと思った。実際、自殺しかけたこともある。あの時、友だちは、「ついてた」ね、本当に死ねたのだから。でも、僕は死ねなかった。無性に死にたいと思っていたのに。結局、あの二人を殺したのは僕なんだ。二人ともまだ20だった。運命の皮肉、神様の御心のままにとでも言うだろうか。

 毎晩、いつも決まって湿っぽいアパートの地下に潜って、学校の時からのガキ友達二人と一緒に、少しずつドラッグを始める。気分は最悪。お先真っ暗だし、「なんで生きなきゃ?」って気もちさ。だんだん考えが悲観的になっていって、みんなの話も湿っぽくなってきた。で、出した結論は、けりをつけようということになった。いや正確には、僕が持ちかけて、あいつらはウンと言っただけなんだ。麻薬をやめるじゃなくて、生きるのをやめることにした。思いついたのは、「きれいに」逝ってしまうこと。たっぷり過ぎるほどの薬を注射したら陶酔感にひたったまま死ねると考えた。一人がもう一人に注射して、残った一人は自分で自分に針を刺すことに決め、じゃんけんをした。僕は最後の役だった。ああ楽になると思って嬉しかった。

 要するに、二人は死ねたけど、僕は死ねなかっただ。注射針を静脈に長い間押し付けていたせいで、薬は量が減って針を通らなくなったらしい。意識が戻ったときは、友だち二人の息はもうなかった。そっと立ちあがって、そのまま地下を脱け出した。この話は今でも秘密だ。ぞっとするような秘密の話だ。

 そんなことがあってからも1年くらいヤクを続けた。違う場所の地下に潜って、違う仲間たちと一緒に。でも、そんな風には生きていられなくなった。自殺という考えにしょっちゅう襲われた。こんどこそ、どちらか心を決めなきゃって思った。二つに一つ、ドラッグをやめるか、それとも生きるのをやめるかだ。だれに感謝すればいいのか、どうしてヤクをやめることができたのかは分からないけれど、とにかく僕は最初の道を選んだわけだ。思い出すとぞっとする。でも、あるとき突然、どうしてもどん底から這い上がりたいという気になっただ。

人間を二人殺して、自分は生き残っている。でも、もうあそこへは戻らない。こんなチャンスは人生に一度きりなんだから。

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